中川 智 ヒストリー

昭和38年12月 道産子の一人っ子

北海道函館市で生まれました。

魚介類をはじめ食べ物がおいしく、異国情緒にあふれ、路面電車等レトロな雰囲気も楽しめ、夜景も奇麗、といいとこずくめの函館なのですが、父の仕事の関係で生まれてすぐ札幌に引っ越してしまったために、残念なことにまったく記憶に残っていません。(悔しい)

現在はお客様がいらっしゃるので、年に数回はお邪魔しています。本当に良い町です。

小学校3年生まで 転勤族

父が転勤族だったため、苗穂、桑園、八軒、月寒他札幌市内を転々としていました。

小学校だけで何度転校したか覚えていないほどです。

2年生のクラス替えの際にどこを探しても名前がなく、先生に聞いてみると、「もう転校していると思った」とあっさり言われ、結局人数の少ないクラスに入った記憶があります。

小学校4年生~高校3年生まで 室蘭出身?

登別市鷲別町、ついに札幌以外に転校です。
鷲別小学校~鷲別中学校~室蘭栄高校と9年間をここで過ごしました。

海と山に囲まれ自然がいっぱいで、子供の頃は虫採り、釣り、山歩き等に夢中でした。

中学時代は読書(小説)、高校時代は囲碁に出会い、地味な青春を過ごしました。

ちなみに、妻の実家があるので、今でも年に数回は訪れています。

昭和57年4月~昭和61年3月 マージャン三昧

京都にある同志社大学商学部で4年間を過ごしました。

勉強はまったくせず、コンパと旅行、マージャンに明け暮れていました。

親不幸もここに極まれりです。

一応商学部だったので、日商簿記検定3級と2級はこのとき取得しました。

大学生活4年間の成果と言えばこのくらいですが、これが今の仕事に役立っているのですから、何が役に立つかわからないものですよね。 

昭和61年4月~平成2年6月 第一の挫折

東京で就職。

電機メーカ-の金融子会社で、リースやクレジット、自動車リ-ス等の営業や営業事務(研修講師、予算実績管理等)を担当していました。

「なぜか笑介」みたいなモ-レツサラリ-マンにあこがれたものの、当たり前ですが、現実はそううまくはいきません。
「努力すれば必ず報われる」なんてことはドラマや漫画の中だけのことです。

努力するのは当たり前、ビジネスは結果が命です。
色々な意味で大甘でした。

結局、風邪をこじらし肺炎になり1ヶ月入院して悟りました。

「札幌に帰ろう。」

都落ちです。

ちなみに、このとき既に資格志向があったようで、平成元年に宅地建物取引主任者、平成2年に行政書士を取得しています。

独立する気は毛頭なく、あくまで会社の業務(契約書、不動産取引、抵当権等)に関連する知識を身につけたいと考え取得したものです。

宅地建物取引主任者資格は結局使っていませんが、行政書士は法律や許認可に幅広く対応することができるため、相続・会社設立・建設許可・契約書作成他税務や労務以外でお客様をサポ-トする際に非常に役立っています。

平成2年7月~平成6年5月 税理士合格

職業人生の再スタ-トを切るのだから、何か手に職をつけよう。
理数系は苦手で冷たいイメ-ジだし、法律は嫌いだから、数字を扱う方が良いな、という安易な発想で、札幌市内の小規模会計事務所(税理士&行政書士)に入所しました。

(当たり前ですが、税理士のメイン業務である税金の計算や申告の元となるのは税法という法律で、民法や会社法他様々な法的な知識が必要だと気付くのは後のことです。)

ズブのド素人で会計事務所に入った私は、カルチャ-ギャップに戸惑うばかりでした。

お客様の自宅や工場、現場に直接お伺いし、事務所ではひたすら伝票整理や事務作業。
仕事は習うより慣れろ、給料はひたすら安く、休みもあまりありません。

高度な知識や情報を提供しお客様から感謝されるオシャレな職場を想像していた私には悪夢のようでした。

まぁ、ド素人がいきなり専門家になれる訳もなく、無理もなかったのかもしれませんが。
 
そんな悩みを抱えて働きながらも、勉強だけは何とか続けて、平成5年12月に運良く税理士試験合格です。

ちなみに、税理士試験は科目合格制(5科目合格した時点で最終合格)で、試験は毎年1回、同じ科目に翌年再チャレンジすることも、いっぺんに何科目に合格することも、毎年1科目ずつ合格することも可能なので、コツコツ合格を積み重ねました。

どんなに疲れていても毎日机にだけは向かいました。
朝方よく机でヨダレを垂らしながら寝ていた自分を思い出します。

平成6年6月~平成7年7月 結婚

勤務していた事務所の先生のお許しを得て、平成6年6月税理士登録しました。

このとき、お客様はゼロ、ただ、この期に及んでも仕事にはちっとも魅力を感じず、自分にはお客様なんてできるはずがないと思い込み、独立しようとはちっとも考えていませんでした。

この頃は、税理士になったのだから何かが変わるかもしれない、という漠然とした想いをもって、惰性で生きていました。

出会いのない職場でしたので、税理士合格を機に婚活、32歳にして何とか結婚できました。

平成7年8月~13年2月  第二の挫折

いつまでたっても何も変わらない日々、事務所に行くのが毎日苦痛でならず、とうとう、会計事務所の仕事に魅力をまったく感じなくなってしましました。

大学卒業時の就職からしてそうですが、進路を決める際に考えているようで考えていません。

今思い返せば、失敗すべくして失敗しています。

出口はまったく見えず、何をしたら良いのか全くわからないまま、業務に関連する勉強は続けていました。

平成12年に子供が生まれこのままじゃいかんと思った矢先、7月にファイナンシャルプランナ-(CFP)、12月に社会保険労務士に立て続けに合格、別段何がどう変わるという訳ではないのでしょうが、努力が形になったのを機に、ついに決意しました。

独立だと思いますよね。でも、違うんです。

会計事務所はもう嫌、サラリ-マンの方が良い。この期に及んで安定志向です。

ただ、この決断が現在に繋がるのですから、本当に人生ってわからないですよね。

平成13年3月~15年6月  再生への第一歩

道内地場大手のコンサルタント会社に入社しました。

今ももちろん充実した日々を過ごしていますが、会社員~会計事務所職員~会社員という労働者の立場での3つの職場体験の中では、最高に楽しい時間を過ごさせていただきました。

税理士という専門家としての相談や意見を求められること
社内外の研修に自由に参加し情報や知識の研鑽ができること
自由な発想や意見が認められること
仕事を通じて仲間ができること
等身大の私に誰もがキチンと対応してくれること

これらすべてが何より嬉しく、希望に燃えていた大学時代までの自分を取り戻せたような気がしました。

この頃、FPの勉強会である札幌スタディ-グル-プに参加し、NPO法人北海道未来ネットに繋がり、現在も交流いただいている尊敬できるFPの皆さんと知り合うことができました。

また、研鑽を開始すべく行政書士、社会保険労務士の登録もし、小松先生・得原先生をはじめ、今も親しくさせていただいている多くの先生方と知り合うことができました。

平成15年7月~16年12月  そしてまた会計事務所へ

仕事を通じてお知り合いになった公認会計士・税理士の西田先生にお声を掛けていただき、税理士法人協栄会計の設立メンバ-の一人になりました。

居候みたいなものですが、一応独立、経営者の端くれに加わりました。

この頃にはなぜかお客様もでき、税理士の仕事は地味な部分もたくさんあるけれども、それが全てではなく、色々な形で顧客や世の中の役に立てるという前向きな確信を持てるようになっていました。

変われば変わるものです。
リフレッシュってやはり大切なのかもしれません。

平成17年1月~19年3月  中小企業診断士って楽しい

仕事の幅を広げたいと考えていた頃、「中小企業診断士って仕事の依頼がザクザク来るんだよ」という友人からの声を聞いた私の最初の反応は失礼ながら「中小企業診断士って何をする人?」でした。

調べてみるとこれが面白い。
独占業務はないがコンサルタントには必須の肩書だし、会社員の自己研鑽にも引っ張りダコ、経営やマネジメント系の人気資格だったのです。

しかも試験制度も変わったばかりで、一次試験に一度合格するとのその権利は繰り越される(二次試験は今年度、翌年度の2回受けられる)し、試験科目は実務色が強く、税理士資格があると何と一部科目(財務)の試験が免除されるのです。

早速、最近の一次試験をいきなり解いてみると7~8割は取れる。
「二次試験はわからないけど一次試験は受かるかも?」市販の問題集と久々の大原速習コ-ス(税理士試験でお世話になりました。)通いで受験したところ合格。

勢いに乗って二次試験(企業の事例を分析・検討し、問題点の抽出や対策を解答する)も大原速習コ-スで勉強し受験すると、平成15年12月に一発合格してしまいました。
勉強期間は4ヶ月程度と短いものでしたが、特に二次試験対策は本当に楽しかった。

今まで経営学なんて理屈に過ぎない、と思いこんでいましたがとんでもない。

理論の美しさはもちろんですが、考えをまとめ、意思決定するツ-ルとして、マネジメントの知識や手法は必須です。

仕事の依頼がザクザク来るという邪まな目的で始めた試験勉強でしたが、得たものは「経営からの観点」、私の宝物でした。

業務の繁忙期と実務研修の時期が重なったため登録には時間がかかりましたが、無事平成17年8月に登録しました。

仕事がザクザク来たかですって?

ウ-ン、やはり私には営業センスがないようです。

ですが、公的機関や金融機関からはお声がかかるようになり、相談員やセミナ-の講師等を色々経験させていただいてます。

それに中小企業診断士の先生も良い人ばかり、研究会も楽しいですよ。

平成19年4月~20年3月  特定社会保険労務士とライフワ-ク

北海道社会保険労務士会での総合労働相談員や年金相談員も経験させていただき、企業の大事な経営資源であるヒトに関する専門家である社会保険労務士としても仕事の幅を広げていきたいと考えていた私は、平成19年3月に裁判外の労使間紛争解決手続き(ADR)の代理人業務ができる特定社会保険労務士に合格、4月に早速登録しました。

当然、すぐに仕事に結びつく訳はありません。
しかし、顧問先での経験を通して研鑽を繰り返し、社会保険や労災・雇用保険の手続きだけでなく、就業規則他の諸規定の見直しや労働問題の対策や解決に関するコンサルタント等を得意分野にすることができました。
また、北海道社会保険労務士会での総合労働相談員も経験させていただき、今では、労働問題対策は私のライフワ-クの一つになっています。

平成20年4月  最初のホ-ムペ-ジ

お客様に「今時ホ-ムペ-ジのない税理士は胡散臭い。何より紹介することもできない」と厳しいご指摘をいただき、最初にホ-ムペ-ジを作ったのが平成20年4月のことでした。

今見ると直したいところがいっぱいですが、セミナ-や執筆のご指名をいただいたり、お客様からお問い合わせがあったり、ご紹介資料としてご活用いただいたり、と結構役に立ってくれたなぁ、と懐かしく感じます。

何せ自分の紹介なので、今でもそうですが、恥ずかしい想いでいっぱいです。

※作成したサイトは個人開業を機に閉鎖いたしました。

平成20年5月~22年5月  アトラス行政書士法人で学んだ相続、遺言

友人からの紹介で知り合った行政書士の松井先生が、行政書士サ-ビスの全国展開を目標に立ちあげたアトラス行政書士法人に、私も設立メンバ-として参加しました。

メンバ-全員が希望に燃え色々な活動を展開したのですが、経験や営業力の不足もあり2年あまりで活動を縮小。松井先生が家業を継ぐのを機に私も退社しました。

新しいことに取り組もうとする姿勢は刺激的で、同じ志を持つ仲間も集い、久々にワクワクしていたのですが、残念です。
 
しかし、実務を通じて行政書士業務の見直しをする良い機会でもあり、相続や遺言について実践的な知識と経験を積むことができたのは大きな財産です。

平成22年6月~23年9月 FP

元々私の得意分野である「税金」や「相続」、「年金」といった切り口ではありますが、セミナ-の講師や執筆などFP関連のお声がかかることが増えてきた時期です。

仕事柄、経営者や個人事業主、不動産オ-ナ-等とお話する機会が多いのだけれど、誰もが身近だけど聞けないお金の話、一般の方でももっと簡単に聞けるような何かをしたい、とはいつも考えています。

生命保険や火災保険の有効活用による家計の見直し、なんて役に立ちそうですよね。
起業家支援が軌道に乗ったら取り組んでみたいですね。

平成23年10月~平成29年6月 第1期設立サイト

試行錯誤を重ねながら作り上げた第1期設立サイトです。

このHPをご縁に今までたくさんの方の事業の立ち上げや法人設立のお手伝いをすることができました。
今もおつきあいの続いている方が大半でし、創業からの苦労を目にしているので、現在の姿を見ると、よくぞここまで、と頭の下がる経営者の皆様に囲まれて幸せです。

平成24年1月~現在 事業再生(経営改善計画策定支援)

設立サイトオープンと同時期にオープン

私の所属している中小企業診断協会北海道からのご縁で、借り換えや融資、リスケ等の金融支援を複数の金融機関向けにお願いする経営改善計画書の作成を仲間の中小企業診断士と一緒に受けることになりました。

何せ初めての業務なので、概要はわかっても当然細部や合格点がよくわかりません。
計画書のひな型を見ながら、企業さんに様々なヒアリングをして、診断士同士で熱いディスカッションを繰り広げながら初めての計画書を作成、何度も修正をかけて無事各金融機関さんに承認していただいた時の感動は忘れません。

幸いなことにその時の企業さんは経営が好転し、良い方向に向かっているようです。

この経営改善計画策定支援業務は、金融支援円滑化法がなくなった後も形を変えて、現在は経営革新等認定支援機関のメイン業務の一つとなっています。

私はどうしてるかですか?
幸いなことに、その後何度もオファーをいただき、現在に至るまで単独又は他の専門家とコラボして何度も経営改善計画書を作成しています。
中小企業診断協会の企業再生研究会及び実践的企業再生支援室にも所属して日々経営改善や企業再生に関する研鑽や実務を積んでいます。
企業さんの業績が回復し、金融機関さん、企業さんどちらもが幸せになれた時は本当に嬉しいものです。

この経験が、最近力を入れている資金調達に役立っています。

平成24年10月~平成29年6月 第1期相続サイト

設立サイトに遅れること約1年相続サイトをオープン

このHPをご縁に相続税や相続手続き、遺言や生前贈与対策のご依頼を受けた方もいらっしゃるのですが、あまりにご相談が集中したため顧問先や関係企業のご紹介メインに移行したこともあり、現在はサイトを閉鎖中です。
内容も法改正前の内容になっており、リニューアルが必要な状況です。

我こそはと思うホームページ制作会社の方がいらっしゃいましたら、是非お声がけください。

専門家にとって経験は命です。
アトラス行政書士法人での経験と合わせて、現在の相続業務の基礎力を形成させていただきました。
新事務所の立ち上げが落ち着いたら、サイト制作に取り組んでみたいですね。

平成28年10月~現在

助成金・補助金申請サポートを開始

セミナーでもよく言っていますが、私は元々助成金や補助金は嫌いでした。
なぜなら、これらのお金は一過性であり、経営の本質である収入(売上)の継続的な向上には何ら役立たないからです。
この気持ちは今でも変わりません。

じゃあ、なぜ今助成金なの?

という素朴な疑問がありますよね。

答えは複数あるのですが、いくつかだけ述べておきますね。

① 今でこそマイナス金利で、かつ、金融機関も担保に頼らず企業の実際の収益力を評価して融資するよう金融庁も指導する時代ですが、昔は違いましたよね。
バブル崩壊後、貸し渋りや貸し剥がしという言葉があったくらい融資が厳しい時代がありました。
事業成長にはお金が必ず必要。
でも、必要な時に必要なだけ融資を受けれる会社はごく一部の優良企業だけ、という時代があった以上融資以外にも資金調達の道は確保しておく必要がある、と考えたのです。

② 助成金というと、介護や保育、建設業その他特定の業種、創業や新規事業といったタイミング、高齢者や障害者、シングルマザーや第二新卒、フリーターやニートといった社会的弱者に対するものというイメージが根強くあります。
しかし、最近は違うんですよ。
ブラック企業とは真逆で、従業員の各種福利厚生や正規社員への登用などの制度を導入して、実際にそれを導入すればもらえる制度導入型と言われる助成金が最近の新たな主流なんです。
基本的に、業種もタイミングも社員構成(最低一人正社員が必要ではありますが)も問わずに助成金を受給できる時代が来たのです。

③ 平成30年から働き方改革が導入されます。
皆さん気付いていると思いますが、内容はワークライフバランスの発展形ですよね。
少子高齢化による労働力人口の低下に備えるため、女性・高齢者・外国人労働者等の社会参加を促すことをその骨子にしており.多様な働き方や同一労働同一賃金、評価や賃金制度の標準化、適正な労働時間管理等がその具体的な内容になります。
助成金的にはこの動きはチャンスです。
なぜなら、労働環境をよくする各種の制度導入について今後は助成金の創設や増額が期待できるからです。
ですが、私の言いたいのはメリット面ではありません。むしろ、デメリット面です。
ネットで情報が氾濫している現在、労働者が各種の知識や情報に触れる機会は増えています。
今後、働き方改革で権利意識が強くなった労働者から様々な要求があることは明らかだと思います。
それに対し、中小企業の社長さんは無防備です。
「社員10人未満なら就業規則作成する必要ないし良かった」
本当に良かったのでしょうか?
制度導入型の就業規則導入には原則就業規則を作成する必要があります。
社員の定着率アップにつながる各種制度を助成金を使って整備し、併せて会社と労働者の約束事の見直しを図り、会社を守る就業規則をつくりませんか、というのが私の思うところです。

平成29年7月~ 第2期設立サイト

損益よりは貸借重視
会計よりは資金収支重視

様々な企業の支援をしていく中で得た僕なりの結論が色濃く出たサイトです。
当初、設立や創業の支援サイトのリニューアル版として作成したサイトだったのですが、作りこんでいくうちに方向性が変わってしまいました。

ゾンビ企業をたくさんつくる気は毛頭ありませんが、極論として、企業は業績が悪化してもつぶれない、お金が回らないから倒産するんだ、という今更ながらの結論に至り、資金調達にポイントを置いたサイトになっています。
具体的には、融資と助成金の支援の2本立てです。

もちろん、企業業績の継続的な発展は欠かせませんし、それを後押しする姿勢に変わりはありません。
真剣に社業に邁進する社長であれば、設立から3年、思い立った時から3年を乗り切れば、事業は軌道に乗っていくことを体感しているので、まずはそこを全力で支えていこうというのがこのサイトのコンセプトです。

大口の取引先と巡り合ったり、ヒット商品が出たり、優秀な社員さんが育ったり、本当に不思議なくらい3年で結果が出ているんです。

創業を志す皆様、経営者の皆様、後継者の皆様、私と一緒にまずは3年間頑張ってみませんか?

平成29年7月~ 現在

障害年金サイトオープン

札幌の中で数多くの障害年金を申請したいけれども申請できていない現状をしりました。
その為、北海道で障害年金の申請をできていない方のサポートをするために、サイトを立ち上げました。

そして、協栄会計を平成29年11月に退社し、平成29年12月バリューパートナーズ税理士事務所を設立しました。

平成29年12月~ 現在そしてこれから バリューパートナーズ税理士事務所設立

設立以来14年5ケ月在籍していた税理士法人協栄会計を平成29年11月に円満に退社し、平成29年12月バリューパートナーズ税理士事務所を設立しました。
理由は色々あるのですが、もっと自由に色々やってみたい、というのが一番だと思います。

以下は過去のヒストリーの「平成23年10月~ 現在そしてこれから」です。
(言葉足らずのところがあったので、若干加筆訂正しています。)

「売れない税理士」などと言って笑っていられたのは、今は昔。
現在は24時間365日年中無休、お客様のために全力投球の日々です。

税理士は資格をとったから税理士なのではないのです。
お客様と向き合い、お客様のために必死になって知恵を絞り、たくさんの汗をかき涙を流しながら仕事に取り組んでいく中で、本当の税理士になっていくのです。
色々回り道をしましたが、それを無駄にすることなく、これからもお客様のために全力で業務に取り組んでいきたいと考えています。
「お客様と共に成長したい」それが私の何よりの願いです。

この想いも仕事に対する取組みも今でも変わっていません。
平成29年12月の再スタートを機に付け加えることがあるとすれば、次の内容です。

税理士法人を退社し個人でこじんまり事務所を始める予定だったのですが、
私の従来のお客様が全員引き続き関与を希望され、金融機関や公的機関その他の関係機関からも変わらぬご愛顧をいただき0からのスタートとはならず、心から感謝しています。
また、ついてきてくれたスタッフや従来からの士業の仲間はもちろん、今回ご縁のあった新しいスタッフさんや良き協力者に恵まれ、思った以上の大所帯でのスタートになりました。
支えてくれた皆さんへの感謝を忘れず、スタッフさんの成長を見守りながら、仕事には厳しくも笑顔の絶えない事務所にしていきたいと考えています。

お客様、スタッフ、支えてくれる皆様のために、これからも24時間365日全力で仕事に取り組みます。

取材情報

「そうぞくの窓口 北海道」に取材いただきました!

※クリックすると拡大してご覧いただけます


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